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エデン条約編感想:彼女たちの青春の物語

『ブルーアーカイブ』メインストーリー「Vol.3 エデン条約編」を読み終わったので感想を書く*1

bluearchive.jp

 

キヴォトスの「日常」は平和で幸福に満ち溢れたものではない.それはむしろ,紛争と権力闘争が渦巻く混沌としたものだ.エデン条約編では,そのことがより明確に描かれる.そのような世界でも,キヴォトスに生きる生徒たちは自身の未熟さを受け入れ,それでも懸命に今を,そして未来を希望を抱いて生きようとする.先生はその導き手となるのである.エデン条約編において「希望」は主要なテーマの一つだろう.

エデン条約編は

第1章「補習授業、スタート!」

第2章「不可能な証明」

第3章「私たちの物語」

第4章「忘れられた神々のためのキリエ」

の計4章からなる.簡単に内容を振り返る.

 

エデン条約とはトリニティとゲヘナの和平条約である.トリニティとゲヘナには長年の敵対関係があった.エデン条約は,その敵対関係を解消しようとする二者の間で結ばれる.ところで,キヴォトスにおいて「大人」の存在は珍しい.それは各学校の上層部も同様で,学校の実質的な最高意思決定機関は生徒によって構成される生徒会である.したがって,エデン条約は,トリニティの代表である生徒とゲヘナの代表である生徒の調印によって有効となる.エデン条約編は,そのエデン条約をめぐる生徒(と暗躍する「大人」)の闘争を描いている.物語の主な舞台はトリニティ総合学園だ.それは,トリニティが「総合」学園であることに関係する.トリニティは,過去にキヴォトスに存在した派閥の和解の象徴として存在する.トリニティは古くに存在したいくつかの学園が統合されたものである.その意味で,「総合」である.トリニティの創立にあたってその場から排除された派閥が存在した.それは,アリウス分校である.アリウス分校は,トリニティ創立にあたっての学園統合に反対し,迫害を余儀なくされた.その後はアリウス自治区に移り,突如現れたキヴォトス外の「大人」であるベアトリーチェによって戦闘訓練やトリニティ,ゲヘナに対する憎悪教育が行われる.そんな中でティーパーティのひとりである聖園ミカはアリウスとトリニティの和解を望み,たびたびアリウスに接触していた.ミカは自身の感情のために,アリウスとともに百合園セイアを襲撃するが,ベアトリーチェの策略に翻弄され徐々に壊れていく.一方,エデン条約の調印式当日,アリウス分校の生徒たちはトリニティとゲヘナ両陣営を襲撃する.こうして,アリウス分校とゲヘナ,トリニティをはじめとする先生陣営の戦争へと突入する.実は襲撃の裏ではゲマトリアが糸を引いており,物語終盤では,それに気づいた生徒と先生でゲマトリアを撃退する.その中でアリウス分校の生徒たちと聖園ミカは,「大人」によって施された教育を脱し,希望をもって「日常」を歩もうとする.

 

物語でも言及されているが,すべてはミカの計画によるセイアの襲撃から始まっている.アズサによるセイアの襲撃がなければ,裏切り者を退学させる手段としての補習授業部も設立されなかった.補習授業部は,白洲アズサにとっての「エデン」である.トリニティとアリウスの和解の象徴としての存在であるアズサが,桐藤ナギサの目に留まり補習授業部に招待(強制招集)されたのは偶然の産物であるが,結果としてアズサの「希望」の最後の一押しになった.アズサは虚しい世界に絶望していなかった.コンクリートに咲く花のように,虚しい世界でも抵抗し続けていればいつか希望があると考えていたのである. 阿慈谷ヒフミとの出会いは,アズサの好きなものとの出会いでもある.トリニティで出会った仲間を守ることは,戦闘と憎悪に満ちたアリウスで生きてきたアズサにとって,かつての仲間であるアリウススクワッドと敵対するには十分すぎる理由であっただろう.アリウス分校の生徒でアズサと対照的に描かれるのが錠前サオリである.サオリはアズサの虚無に対する抵抗に気付いていた.それに気づいていながら,ベアトリーチェの謀略に従って調印式の襲撃のために駒として利用されるのは悲劇的だ.「大人」への抵抗をやめなかったアズサとは対照的である.サオリは,救われない絶望の中で幸福を求めることをやめてしまった.サオリは,自身の不幸の原因をトリニティとゲヘナに向けるのである.ミカは,サオリと似ている.ミカの境遇はアリウス分校の生徒とは違う,いわゆる”世間知らずのお嬢様”である.それゆえに,いたずらで襲ったセイアが死んでしまったと知り,反逆者として投獄されたとき,世界の残酷さに耐えられず希望を失ってしまった.ミカは,自身の不幸の原因はサオリであると考えるようになる.”公平に不幸を”という考えは,ハッピーエンドによって打ち砕かれる.サオリはアツコを救うことによって,ミカは窮地に陥った救われるお姫様として.讃美歌を歌いサオリたちを赦すミカの姿はさながら天使である.ミカはサオリたちのために讃美歌を歌う.

 

虚しい世界で楽園を探す行為は途方もない苦痛を伴う.その探求は,存在するかどうかわからないものを追い続けることを意味するからである.虚しさを受け入れ,楽園の存在証明の不可能性を受け入れながら冷笑的に生きることができれば,ある種の諦念の下でそこそこに生きていける.そこに「希望」はない.エデン条約編で「先生」が提示したものは,存在証明の不可能性に対して,なおその存在を希求することである.楽園や幸福は普遍的ではない.しかし,そうであるといえるものの一端は,彼女たちが示してくれている.アリウススクワッドや聖園ミカのように幸福を求める,そのために生きることが各人の Blue Archive なのである.

たとえ全てが虚しいことだとしても、それは今日最善を尽くさない理由にはならない。

おわり

*1:読書感想文のようなもので特に考察とかはない.真面目に考察しようとすると古代キリスト教の知識が必要で,筆者は持ち合わせていない.